マネージドサービスの5G携帯への影響
1) 携帯通信事業者向けマネージドサービスとは
「携帯通信事業者向けマネージドサービス」とは、携帯通信事業者のビジネスにおける垂直展開と水平展開に対応するために通信機器ベンダが生み出した新たなサービスである。垂直展開とは、携帯ネットワークの会から上位レイヤにおけるITベンダとの連携の強化を通じて提供するサービスであり、水平展開とは携帯通信事業者の地域展開の拡大に伴い、携帯通信事業者の役割を肩代わりするサービスである。
マネージドサービスは、通信サービスビジネスの今後の考える上で、重要な動きである。
今回、このマネージドサービスを、生まれてきた背景と今後の動きを紹介し、日本企業にとっての課題を抽出する。
2) 世界の携帯通信事業者の動向
携帯通信は携帯通信ネットワークのコモディティ化に伴って普及が進んだ。従って、新興国でも携帯通信ネットワークから敷設していく動きが定着化してきた。また、携帯通信の料金も携帯通信事業者間の競争に沿って低廉化してきた。競争は行きつくとこまで行き、消耗戦の様相を呈してきている。しかし、各国政府は携帯通信サービスが国民にとってユニバールサービスである認識が強く、料金や体制に対して規制をかけている。携帯通信事業者はこの状況を打破し、収益力を向上させる策に動きだした。大きくは、下記の図の2種類になる。
出典:総務省 25年情報通信白書
(ア) 水平展開型
携帯通信事業者の連携により、サービス地域を拡大させる。
(イ) 垂直展開型
携帯ネットワークのサービスだけではなく、サービスデリバリープラットフォームやサービスプラットフォームまでの事業を展開する。
携帯通信事業者は携帯通信サービスの世界的な普及により、加入者数は拡大したが、営業利益率は必ずしも高くはできずにいる。3Gまでは加入者増が大きかったので、この現象はなかったが、4Gに突入したころから、欧州・北米・日本では加入者が国民総数を超える状態になり、加入者の大きな増加を望めなった。欧州の携帯通信事業者は垂直展開型に限界を感じ、水平展開型によるサービスエリアの拡大に舵を切ったのである。
出展:総務省 25年情報通信白書
総務省の25年情報通信白書の中でも、欧州の大手携帯通信事業者は他地域への拡大戦略を軸に成長戦略を展開している。Telefonicaは南米・中欧に展開し、フランステレコム(オレンジ)は東欧・アフリカに展開をしている。また、ドイツテレコムは北米に進出している。欧州の大手携帯通信事業者は水平展開の成長戦略を、携帯通信を軸に展開している。背景には西欧での加入者増加が望めないため、収益力を上げるために地域の拡大に動いている。この戦略はベンダの戦略にも大きく影響している。
3) 携帯通信事業者とベンダの関係
携帯通信事業者の変化に対応し、通信機器ベンダもビジネススタイルを変化させた。
具体的には、垂直展開型においてはITベンダとの連携によるサービス強化に走り、水平展開型では携帯通信事業者の役割を肩代わりするサービスが進められた。
このサービスを、「マネージドサービス」と通信機器ベンダは呼んでいる。
欧州では携帯通信事業者の水平展開の進展に伴い、新たに進出したサービスエリアに対して携帯機器ベンダのマネージドサービスが普及してきた。下記は、欧州の大手携帯通信ベンダの2社の売上内容である。両社ともにサービスの売上が40%を超えるまでになってきている。
出典:エリクソンのIR
(注:Support SolutionsはOSS,BSSを中心とした運用支援システム)
出典:ノキアIR
(注:ノキアの場合は、OSS,BSSはMobile Broadbandに含まれている)
従って、ネットワークのロールアウトから運用までを携帯通信ベンダが行っている地域が増えてきている。具体的には、東欧、南米、北アフリカのサービスエリアで顕著になってきている。また、マネージドサービスは、契約期間が5-10年の契約を通信ベンダは提案している。携帯通信事業者も短期の利用は想定していないため、期間は長く設定されている。
一方で、携帯通信ベンダは携帯通信ネットワークをロックインしていることにもなる。従って、競争上も優位に立てると言える。
4) 携帯通信事業者のネットワーク構築のビジネスフォーメーションの変化と携帯通信事業者向けマネージドサービス
(ア) 携帯通信事業者のネットワーク構築のビジネスフォーメーションの変化
携帯通信事業者のネットワーク構築のビジネスフォーメーションが変化してきた。3Gまでは、携帯通信事業者がネットワーク構築のそれぞれの業者と個別に契約を結ぶ方式をとっていた。3G以降、ネットワークにソフトウェアの位置づけが大きくなったため、携帯通信事業者のR&Dと契約管理の作業量が大きく増加した。その結果、これらの業務に関わる人件費が増加してきた。携帯通信事業者は収益力の向上を目指し、このビジネスフォーメーションを根本的に見直す策に出た。具体的には、ハードウェア、システムソリューションとサポート業務の各要素別に契約を行うのではなく、主契約者がすべての契約を束ねる役割を担わせる体制に変えた。この変革により、主契約者は各要素別の業者を管理、統制することになったのである。
図1- 3G時代のビジネスフォーメーション
図2-4G-5G時代のビジネスフォーメーション
このビジネスフォーメーションの変革により、携帯通信事業者は人件費を削減できた。一方、ベンダは携帯通信事業者ごとにネットワーク構築のためにスペシャルチームを配置せずに、複数の携帯通信事業者のカバーできる地域ごとのコンピタンスセンタに人材を集中したので、携帯通信ベンダにとっても人件費とリソースを削減できた。欧州の携帯ネットワークベンダは世界に3-4か所のコンピタンスセンタを配置し、人材を集中させる体制を整えたため、ネットワーク構築とサポートの生産性が向上できた。
ただ、この変革は、それぞれの要素技術ベンダにとっては、契約先が変わったことを意味する。つまり、携帯通信事業者が製品・ソフト・ソリューションを選定せず、主契約先がトータルソリューションを提示する方式に変わったため、主契約先の支配力が大きくなった。従って、要素技術ベンダの営業姿勢も大きく変化が余儀なくされた。
(イ) 携帯通信事業者向けマネージドサービスとは
携帯ネットワーク構築を巡るビジネスフォーメーションが大きく変化したため、携帯通信ベンダの携帯通信事業者向けのマネージドサービスの利用が拡大した。携帯通信事業者向けのマネージドサービスは、一般的なICTアウトソーシングとは異なる。企業向けICTアウトソーシングはICTの運用サポートだけを代行するサービスが中心であるが、携帯通信事業者向けマネージドサービスは、携帯サービスの調査、計画、システム調査までの携帯サービスの上流工程とネットワークのシステムインテグレーション、ロールアウトまでをカバーする。今までは、携帯通信事業者のR&Dが担っていた工程を含んでいる。携帯通信ネットワーク構築の各工程とマネージドサービスの対応は下記になる。
携帯ネットワーク構築の工程 | 調査 | サービス計画 | システム調査 | サービス仕様の決定 | RFP | 実行計画 | 契約 | ネットワークインテグレーション&
システムインテグレーション |
導入移行 | 運用 |
通信機器ベンダのマネージドサービス | Network Business Consulting | Network
Integration |
Network Rollout | Network Outsourcing | ||||||
Design | System Integration | Remote Monitoring, Network Management | ||||||||
Project management | Maintenance |
携帯通信事業者向けマネージドサービスとは、赤い文字で示す携帯通信事業者の携帯ネットワーク構築の技術的工程を通信機器ベンダが行うことである。
5) マネージドサービスの5Gへの影響
マネージドサービスの普及は5G標準化と5Gサービスの世界展開で3Gまでと大きく変化するだろうと予測している。
○ 携帯通信事業者のR&Dと標準化
3Gまでは携帯通信事業者が技術仕様に関与をしてきた。しかし、マネージドサービスの展開に伴い、携帯通信事業者は携帯ネットワークの技術仕様に関心が薄れてきた。北米、欧州の有力携帯通信事業者は携帯サービスに経営資源を集中する方針に舵を切ってきた。従って、携帯ネットワークの技術仕様は携帯通信ベンダが担う体制に変化してきたのである。結果として、ITUは3GPP他の技術仕様を議論するデファクトスタンダードを参照した標準化に動いている。
つまり、標準化は携帯通信ベンダが実権を持っている。5Gは携帯通信機器ベンダの標準化政策により左右する時代に来たのである。
○ 5G世界展開のスピード
マネージドサービスが普及した現在では、携帯通信事業者のサービス展開の意向よりも、携帯通信ベンダのコンピタンスセンタの対応力によって、5Gネットワークの展開が決まる。特に、欧州はEU単一市場を目指しているので、地域として5Gへのローンチが段階的に進んでいくだろう。その現場は、大手携帯通信ベンダのコンピタンスセンタのリソース配分が大きく影響してくることになる。従って、携帯通信事業者の意向よりも携帯通信ベンダの戦略が上に来てしまうことがあるだろうと見ている。
6) 日本の携帯ベンダへの提言
世界の携帯通信ネットワークを巡るビジネスモデルが大きく変化している。日本の国内市場は、まだ、携帯通信事業者の携帯ネットワーク市場のビジネスモデルの支配力が強いが、世界の携帯通信市場は異なる。
特に、ネットワーク機器とその上で動くプラットフォームのソリューションの支配者が違う(補足説明)。
この変化を知らずに、世界携帯ネットワーク市場にビジネス展開する戦略は立てられない。5Gは日本の携帯通信事業者が先頭を切って携帯サービスを展開する計画である。しかし、5Gネットワークは世界の大手携帯通信ベンダが標準化とマネージドサービスを支配しているので、これらの大手携帯通信ベンダとの連携がなければ日本はまたもや孤立してしまう。日本の携帯通信に関係するベンダは、より世界の携帯市場の情報収集と関係構築が求められる時代になる。
日本の携帯通信関連企業の奮起に期待をしたいし、特に、ベンダ各社の世界携帯通信市場の情報分析力の強化が重要であると筆者は提言する。
<補足説明>
ネットワークとプラットフォームの支配者は異なってきています。下記は、総務省が白書の中で整理した図です。
出典:総務省 25年情報通信白書
最近は、B2Cの分野が顕著で理解しやすいと思いますが、ネットワークとプラットフォームは異なる支配力にリードされています。具体的には、Facebook、Lineなどのプラットフォーム支配者の携帯ビジネスの牽引力が強くなっており、携帯通信事業者は相対的に弱くなる方向にあります。背景には、ビジネスの独自性がプラットフォーム事業者の方が出しやすい構造であると分析します。
データリソース社が推奨する5G携帯関連調査レポート
○ >5G市場の査定 2016 – 2021年:ベンダ戦略、技術とインフラストラクチャの概観、アプリケーション予測
○ >自己管理ネットワーク(SON)のエコシステム 2016 – 2030年:ビジネスチャンス、課題、戦略、市場予測
○ >世界のSDN/NFV市場:通信会社の計画と投資のベンチマーク
○ >LTE、LTE-Advanced、5Gのエコシステム 2016–2030年:インフラストラクチャ、デバイス、オペレータサービス、垂直市場、戦略、市場予測
○ >5Gと5Gの垂直市場の課題と機会 2015-2030年
筆者:株式会社データリソース客員研究員 鈴木浩之 (ICTラボラトリー代表)