市場規模・成長予測の統合レビュー
──「売上」「市場規模」「経済価値」を同じ地図に載せる
量子コンピューティング(QC)の市場調査では、同じ「市場予測」という言葉でも、①ベンダー売上、②市場規模(ハード/ソフト/サービス)、③経済価値(エンドユーザー価値)が混在しやすく、
断片的な数字だけを拾うと意思決定を誤りがちです。
本ページでは、主要一次・準一次資料(McKinsey/BCG/市場調査会社/日本政府)を並置し、「比較できるレンジ」として読み解くための枠組みを紹介します。
量子コンピューティングは、技術成熟のフェーズ(NISQ期 → 量子優位拡大期 → 完全な誤り耐性獲得後)で前提が変わります。
BCGは、NISQ期(〜2030)における価値創造の仮定を見直しつつも、長期(2040)では大きな経済価値があり得るという見通しを示しています。
一方、McKinseyは「QC企業が2024年に売上創出へシフトし始めた」という短期の商用化シグナルと、2030/2040に向けた市場シナリオを同一レポート内に提示しています。
このように短期と長期の数字が同居するため、本レビューでは「数字が指す対象」を明確にし、同じ表に並べて解釈可能にします。
「収益」と「市場規模」は別物
2024年時点の“売上”は数億ドル規模でも、採用曲線が進んだ先の“市場規模”は数十〜百億ドル規模に拡大し得ます。 同じ「市場」と言っても、指標が違えば見える景色は変わります。
例:McKinseyは、QC企業の売上(2024年:$650M–$750M)と、QC市場シナリオ(2030年:$16B–$37B)を併記しています。 McKinsey PDF
「経済価値」は市場売上ではない
BCGの$450B–$850B(2040)は、ハードやソフトの売上ではなく、エンドユーザー側に生じる価値(経済価値)です。 したがって「投資対効果の議論」には強くても、「供給側の売上予測」とは切り分けが必要です。
政策KPIは“産業波及”を見ている
日本の「生産額50兆円(2030)」は、量子コンピューティング単体の売上ではなく、量子技術が寄与し得る産業の生産額を前提に置いた政策目標です。 市場調査では「TAMの取り方」を誤らないために、定義を明確化します。
下表は、公開情報から読み取れる主要指標を「出典別・指標別」に整理したものです。同じ“市場予測”でも、何を測っているか(売上/市場規模/経済価値/政策KPI)が違う点に注意してください。
| 出典 | 指標の種類 | ベース年(値) | 予測年(値) | 注記(定義差・読み方) |
|---|---|---|---|---|
| McKinsey(Quantum Technology Monitor 2025) | QC企業の収益推定(ベンダー売上) | 2024:$0.65–0.75B | 2025:$1.0–1.1B | 「QC companies revenue estimates」として提示。短期の“商用化シグナル”として有用。 |
| McKinsey(同上) | QC市場シナリオ(市場規模) | — | 2030:$16–37B / 2040:$45–131B | 採用曲線を前提にしたシナリオ。市場規模(market)として提示。 |
| McKinsey(同上) | 市場規模(収益+外部資金等) | 2024:$4B(図表上の実績値) | (同ページ内に2030/2040シナリオを併記) | 「revenue plus external funding」明記。純粋売上ではないため、財務予測には使い分け必須。 |
| BCG(2024/7 日本語抄訳) | ハード+ソフトのプロバイダー市場 | — | 2030:$1–2B | NISQ期の価値創造は修正する一方、プロバイダー市場(供給側)は維持と説明。 |
| BCG(2024/7 日本語抄訳) | 経済価値(エンドユーザー価値) | — | 2040:$450–850B | “市場売上”ではなく価値創出(価値ベース)。投資対効果議論に適合。 |
| MarketsandMarkets(Quantum Computing Market Report 2025-2030) | 量子コンピューティング市場規模 | 2024:$2.70B | 2025:$3.52B / 2030:$20.20B(CAGR 41.8%) | 定義詳細は有償部分が多い。レンジ比較では“指標の範囲”に注意。 |
| 日本(内閣府) | 量子技術による生産額(政策目標) | — | 2030:50兆円(想定) | 量子技術が寄与し得る産業の生産額を前提に置く「生産額ベース」。量子計算売上と同一ではない。 |
重要:同じ「市場予測」でも“測っているもの”が違います
「2024年は数億ドル規模」と「2040年は数百億ドル〜」が同時に語られても矛盾ではありません。
それぞれが、(A)現時点の売上/(B)将来の市場規模/(C)経済価値/(D)政策KPI(生産額)のどれを指すかが異なるためです。
- 経済価値(value)は「売上」ではなく、McKinseyでは“追加収益+コスト削減”として定義されています。
- 市場規模(market size)の推計では、売上以外に資金(投資・内部資金等)を含む整理が出ることがあります(McKinseyの一部図表)。
- 政策目標(生産額)は、量子技術が寄与し得る産業波及を含むため、QCベンダー売上と一致しません。
下記は、代表的な公開値を“そのまま”可視化した簡易チャートです。サイト側でMermaidを読み込むとレンダリングされます(未導入の場合もテキストとして読めます)。
QC企業売上(短期の“商用化シグナル”)
McKinseyは、QC企業が2024年に$650M–$750Mの売上を得たと推定し、2025年に$1B超を見込んでいます。
xychart-beta
title "QC企業売上推定(McKinsey, USD million)"
x-axis [2023, 2024, 2025]
y-axis "USD (Million)" 0 --> 1200
line "下限" [200, 650, 1000]
line "上限" [250, 750, 1100]
市場規模(中期の“スケール仮説”)
MarketsandMarketsは、市場規模が2024年$2.70B → 2030年$20.20Bに拡大すると推計しています(CAGR 41.8%)。
xychart-beta
title "量子コンピューティング市場規模(MarketsandMarkets, USD Billion)"
x-axis [2024, 2025, 2030]
y-axis "USD (Billion)" 0 --> 22
line [2.70, 3.52, 20.20]
<pre class="mermaid">の中身はそのままテキスト表示されます。
既存サイトでMermaidを利用している場合は追加対応不要、未利用の場合はMermaidの導入をご検討ください。
統合レビューの狙いは、数字を「当てにいく」ことではなく、誤読しないことにあります。下記のように、指標ごとに用途を決めると市場調査が実務に落ちます。
-
① ベンダー売上(Revenue) 目的:供給側の商用化スピード、エコシステムの“現在地”を把握。
使い所:提携・調達戦略、クラウド利用計画、PoC予算の妥当性。
例:McKinseyの「2024年$650M–$750M → 2025年$1B超」。 -
② 市場規模(Market size) 目的:事業機会の大きさ(TAM/SAM/SOM)を定量で置く。
使い所:事業計画、KPI設計、投資判断、販売目標。
注意:市場調査会社ごとに「含める範囲(ハード/ソフト/サービス/周辺)」が違うため、定義の確認が必須。 -
③ 経済価値(Economic value / Value at stake) 目的:ユーザー企業側の価値(追加収益・コスト削減・競争優位)を置く。
使い所:ユースケース優先度(材料/化学、最適化等)、PoCのROI仮説、経営への説明。
注意:供給側売上とは一致しない(価値→支払額への変換が必要)。 -
④ 政策KPI(生産額・利用者数など) 目的:国家・地域の産業化ロードマップを読む(補助金・拠点・人材育成と連動)。
使い所:提携先探索、共同研究、補助金/コンソ参画、国内展開の優先度設定。
注意:定義は“産業波及”を含むため、QC単体売上とは別指標として管理。
市場予測の差は、技術そのものだけでなく、公共調達・投資・標準化(特にPQC)が採用速度を左右する点でも生じます。 BCGは公共発注が市場の半分以上を支えている可能性に触れ、NISTは耐量子暗号(PQC)のFIPS承認を公表しています。 これらは「QCがいつ売れるか」だけでなく、「周辺市場(移行・コンプライアンス)がいつ動くか」も示唆します。
2024:売上創出へのシフト(供給側の短期シグナル)
McKinseyは、QC企業が2024年に$650M〜$750Mの売上を得たと推定し、商用化の立ち上がりを示唆しています。
2024:PQC標準化の具体化(周辺市場が先に動く)
NISTは2024年にPQCのFIPS 203/204/205の承認を発表。量子計算の進展に先行して、暗号移行の“実務需要”が顕在化します。
〜2030:NISQ期(PoC選別とハイブリッド実装が焦点)
BCGはNISQ期の仮定を見直しつつ、2030年までのプロバイダー市場を$1〜$2Bと推定。短期は「筋の良いユースケース」の選別が重要になります。
2030〜2040:量子優位拡大期(スケールの議論が主戦場)
McKinseyは2030年のQC市場を$16〜$37B、2040年を$45〜$131Bのレンジで提示。採用曲線が進むと市場構造が変化します。
2040〜:誤り耐性獲得後(価値の回収期)
BCGは2040年に$450〜$850Bの経済価値を見込む一方、供給側の収益化は“価値→支払額”の変換が課題になります。
“市場予測”を読むときの落とし穴(統合レビューが提供するチェック項目)
量子市場の予測値はレンジが大きく見えますが、その多くは「誤り」ではなく、前提・定義の違いです。統合レビューでは、下記のチェックを先に行い、数字の誤読を防ぎます。
- 範囲:QCのみか、量子技術(通信・センシング)も含むか。
- 単位:売上(revenue)か、市場規模(market size)か、経済価値(value)か。
- 含有要素:ハード/ソフト/サービスに加えて、投資・内部資金・周辺(暗号移行等)を含むか。
- フェーズ想定:NISQ期の価値創出をどう見積もるか(BCGは仮定を見直し)。
- 実装経路:クラウド(QCaaS)中心か、拠点設置を含むか。
主要一次・準一次資料(このページの根拠)
McKinsey:Quantum Technology Monitor 2025(PDF / EN)
2024売上推定、2030/2040市場シナリオ、投資・政府支出などを同一資料内で整理。統合レビューの中核ソース。
BCG:量子コンピューティング長期予測(日本語PDF / JA)
2040年の経済価値($450–850B)と、NISQ期の仮定見直し・2030年プロバイダー市場($1–2B)を提示。
MarketsandMarkets:Quantum Computing Market(EN)
2024→2030の市場規模推計($2.70B→$20.20B)を要約ページで公開。定義の詳細は有償範囲が多いため注意。
内閣府:量子未来産業創出戦略(概要 / JA)
2030年に向けた生産額50兆円規模・利用者1,000万人等の政策目標。市場売上とは別指標として活用。
NIST:Post-Quantum Cryptography FIPS Approved(EN)
PQCのFIPS 203/204/205承認。量子計算の進展に先行して“移行需要”が制度側から立ち上がる例。
IBM Japan:IBM Quantum System One 日本稼働(JA)
日本でのゲート型商用量子システム稼働開始の一次情報。市場化の「供給・利用環境」側の裏付けに。
AWS:Amazon Braket デバイス一覧(JA)
クラウド量子(QCaaS)での提供形態を理解するための一次情報。複数プロバイダーへのアクセスを一覧化。
Microsoft:Azure Quantum プロバイダー一覧(EN)
Azure Quantumで利用可能なハードウェア/プロバイダーの一覧。実機アクセスの“窓口”としての市場実態を補足。
ISO/IEC JTC1 WG14(Quantum Information Technology / EN)
国際標準化の枠組み(用語・ベンチマーク等)が市場形成に与える影響を把握するための基礎資料。
情報規格調査会:JTC1/WG14 国内対応(JA)
日本側での標準化対応状況(用語・ボキャブラリ等)を把握できる日本語資料。
