謎の企業「NVIDIA」を分解する
1) 序
5月下旬、「トヨタがNVIDIAを採用」というニュースと共に、NVIDIAには「謎のAI半導体メーカ」という冠がつけられて、注目を集めた。
「謎の〇〇」という冠も大げさではあるが、その実像を今回は分析する。
2) NVIDIAを評することは、「群盲象を評す」がごとし
NVIDIAという半導体メーカは、知る人には知られている。ただ、その人の属性により、そのイメージはまったく違う。「NVIDIAとは?」と質問しても、まったく違う回答が返ってくるであろう。例えてみれば、図1のようになる。いかがであろうか?
NIVIDAのユーザグループは、お互いにほぼ接点が存在しないグループである。にも関わらず、NVIDIAはそれぞれのグループにおいて高いプレゼンスを持っている。
そして、これらがGPUという一つの技術を起点に展開されていることに、NVIDIAが今という時代のツボを押さえていることを感じさせ、「謎の企業」と言うだけでは済ませない何かを持っている。
この意味において、「謎の企業」という表現は実は当たっているのである。
注1) ゲーマにとってのNVIDIAは、グラフィック・ボード・ビデオボード (ブランド名はGeForce)のトップペンダー
注2) インダトリアルデザイン関係者にとってのVIDIAは、画像制作アクセラレータ (ブランド名はQuadro)のトップペンダー。NVIDIAのGPUはプロフェッショナルグラィクスワークステーションで90%の世界シェアを持つ。
注3) 映画や放送関係者にとってのNVIDIAは、視覚効果作成アクセラレータの有力ベンダ (ブランド名はQuadro)。アカデミー賞の最優秀視覚効果賞においては全候補がNVIDIA技術を利用という状況が8年間続く。
注4) 人工知能研究者・開発者にとってのNVIDIAは、キーデバイス・機器ベンダー (ブランド名は(DGX、Jetson、TESLA)。
注5) スーパーコンピュータ開発者にとってのNVIDIAは、GPGPUベンダー (ブランド名はTESLA)。Top500においても、多くのスーパーコンピュータに採用されている。今はこの技術はGoogleやMicrosoftのデータセンタにも採用されつつある。
注6) 自動車開発者にとってのNVIDIAは、自動運転コントローラ提供者 (ブランド名はDRIVE PX)、デジタルコクピット提供者 (ブランド名はDRIVE CX)
注7) 物理学者・化学者にとってのNVIDIAは、分子・原子・素粒子の動きのシミュレーションツールの主要ベンダー (GPGPU)。
注8) 宇宙研究者にとってのNVIDIAは、画像解析ツール提供者。例えば、宇宙望遠鏡Keplerの撮影画像を分析し、新しい銀河系や惑星系の発見に寄与している。
注9) 医療機関にとってのNVIDIAは、画像解析・医療データ解析ツール・臨床診断の人工知能の提供者。医療の高度化に寄与している。
注10) 携帯端末ベンダーにとってのNVIDIAは、SoCベンダー (ブランド名はTEGRA)。スマートフォン・タブレットに採用されている。
図1- NVIDIAとは
ここからは、NVIDIAの分解をしていく。
3) NVIDIAの製品ラインアップ
NVIDIAの製品を技術的・年代的に分類していくと、図2に示す流れになる。
このように見ると、NVIDIAは、
– 並列処理・マルチプロセッサ技術でGPUを開発し、PCゲームグラフィックアクセラレータや業界向け画像生成・出力ツールのベンダーとして市場を獲得した後、
– GPGPUを開発しての並列処理が主流のHPC/スパコン市場への進出、SoCを開発しての携帯端末市場への進出を、ほぼ同時期に実施。
– 一方、ディープラーニング・機械学習と並行処理・マルチプロセッサ技術の親和性に気づくと、GPGPU+人工知能、及びSoC+人工知能での自動走行車市場への参入も開始。
という、非常にアグレッシブなビジネス展開をしていることにも気づく。
図2- NVIDIAの技術開発の流れ・系譜
末尾にNVIDIAの製品系列と沿革を以下に示す。参考にされたい。
– Gaming (表1参照)
– Pro Visualization (表2参照)
– Data Center (表3参照)
– Automotive (表4参照)
– NVIDIA沿革 (表5)
4) NVIDIAを売上げ構成で見る。
NVIDIAを売上げ構成で見ると、下図のようになる。
ゲーム部門を最大の売上げ基盤としつつ、ゲーム部門・データセンタ部門・自動車部門の売上げは順調に拡大していることである。この3部門は、今後も順調に拡大していくものと予測される。又、NVIDIAは「スマートシティ (NVIDIAはAI Cityと呼称)」にも注力するとしている。人工知能市場におけるNVIDIAのプレゼンスを考えるならば、スマートシティでも、NVIDIAは大きなプレゼンスを持つ確率が高い。
一方、OEM&IP部門は縮小しているが、これは、自社ブランドビジネスへのシフトとみるべきであろう。
図3- NVIDIA社の売上げ推移とその部門別内訳
5月24日付けDRIレポート「自動運転関連機器市場の主導権はMobileyeからNVIDIAへ。次に主導権を握るのは誰か?」でも見たように、NVIDIAは半導体市場では18位にランクされている。
今後、自動車市場・スマートシティ市場が拡大するにつれて、NVIDIAの売上げは他社を上回る成長率を達成し、ランクを上げていくであろう。今後を注目したい。
5) 最後に
NVIDIAは、自社技術を生かし拡張させつつビジネスを拡大というオーソドックスナビジネス手法を使い、それだけでも十分な成長を遂げつつも、そこにチャンスがあると見るや、自社技術と人工知能との融合を一気に推進していく。
そして、CEOのJ.Huang氏の視線は、既に、人工知能とスマートシティの融合に向かっている。
この行動様式が、「NVIDIAを評すること」=「群盲象を評す」をもたらしたのであろう。
このアグレッシブさを日本のビジネスマン・経営者を吸収してほしいものである。
データリソース社が推奨するNVIDIA・人工知能・自動運転関連市場調査レポート
ビッグデータ解析とモノのインターネット(IoT)における人工知能(AI):データ捕捉、情報・意思決定支援サービスの市場 2017 – 2022年
– 調査会社:Mind Commerce 発行年月:2017年6月
– 調査会社:MarketsandMarkets 発行年月:2017年5月
深層学習(ディープラーニング)市場:深層学習ソフトウェア、ハードウェア、サービスの企業向け、消費者向け、政府行政向け用途:市場分析と予測と112の事例研究
– 調査会社:Tractica LLC. 発行年月:2017年5月
– 調査会社:TechNavio 発行年月:2017年5月
ビッグデータ市場 2017-2030年: ビジネスチャンス、課題、戦略、垂直市場、市場予測
– 調査会社:Signals and Systems Telecom 発行年月:2017年4月
筆者:株式会社データリソース客員研究員 鈴木浩之 (ICTラボラトリー代表)
表1
Gaming製品一覧
シリーズ名 | 提供形態 | 説明 | |
1 | GeForce | PCI Express
カード |
Microsoft DirectXに最適化されたGraphic Accerarator |
2 | GeForce | 筐体 | PCゲームを3Dで楽しむ時につかう3D Vision眼鏡 |
3 | SHIELD
Tablet |
筐体 | ゲーム用タブレット (Android5.0以降に対応) |
4 | SHIELD
Console |
筐体 | アンドロイドTVでのプレイを前提としたコンソール |
5 | SHIELD Portable | 筐体 | 携帯用ゲームマシン |
6 | Tegra | SoC | ARM系の省電力統合型プロセッサ
チップ内に、ARMプロセッサ、GPU、2Dエンジン、HD動画エンコーダ・デコーダ、オーディオ処理、画像処理等を内臓 想定用途は、スマートフォンやタブレット、携帯ゲーム、 自動車のインフォテインメントシステム等 |
表2
Pro Visualization系列
シリーズ名 | 提供形態 | 説明 | |
1 | Quadro | PCI Express
カード |
OpenGLに最適化されたGraphic Accerarator
想定用途はプロダクション3DCGのモデリング、医療イメージング等の業務用 |
2 | NVS | PCI Express
カード |
マルチディスプレイを実現 (デジタルサイネージ等)
(NVS810は8つのディスプレイに出力) |
表3
Data Center系列製品
シリーズ名 | 提供形態 | 説明 | |
1 | Tesla | GPGPU | スーパーコンピュータ向け演算専用プロセッサ
TOP500のスーパーコンピュータでも多数採用。 PCIe対応版
NVIDIA NVLink対応版
|
2 | DGX | 筐体 | 人工知能専用スーパーコンピュータ
ハードウェアとしては以下を含む – TESLA P100×8 – Intel XEON ES2698 (Dual 20 Core) ソフトウェアスタックとしては以下を含む – 主要深層学習フレームワーク – DIGITS™ (GPU トレーニングシステム) – ディープラーニング SDK (CuDNN、NCCL など) – NVIDIA Docker – GPU ドライバ – GPU最適化 Linux OS |
表4
Automotive系列製品
1 | DRIVE PX2 | ボード | 自動運転車向けボード
– オートクルーズ向け DRIVE PX 2 – オートショーファー向け DRIVE PX 2 – 完全自動操縦向け DRIVE PX 2
|
||
2 | Xavier | SoC | 自動運転者専用のチップで、AI部分を担当
DRIVE PX3に搭載される サンプル発売は2017年第四四半期から |
表5
NVIDIA社沿革
年月日 | 出来事 |
1993年4月 | NVIDIA設立 |
1995年 | 最初の製品「NV1」を発売
Diamond Multimedia社3Dグラフィックボード「EDGE」とセガのバーチャルファイタが採用 |
1997年 | 「RIVA」(世界初の128bit 3Dプロセッサ)を発売
PCグラフィックチップ界のトップベンダになる |
1999年8月 | NVIDIA、GeForce 256とGPU定義を発表
これをもって、NVIDIAがGPU発明者とNVIDIAは主張 |
2001年3月 | 2001年秋発売のX-Box用3DグラフィックアクセラレータをMicrosoftとNVIDIAと共同開発 |
2004年12月 | ソニーとNVIDIA、PlayStation3向けGPUを共同開発 (ベースはGeForce) |
2006年 | CUDA Compute Unified Device Architecture)を発表
– GPU向けのC言語の統合開発環境」 – 並列コンピューティングアーキテクチャ – アプリケーション実行基盤となるプラットフォーム – NVIDIAが提供するGPGPU技術 |
2007年3月 | Quadroを発表
業務用グラフィックス・ソリューションの新たな製品ライン |
2007年6月 | TESLA (HPC向けアクセラレータ)を発売 |
2008年11月 | TESLAを組み込んだ東工大のスーパコンピュータ TSUBAME1.2が世界トップ500にランキング |
2008年6月 | TEGRA (モバイル端末向けSoC)を発売 |
2009年1月 | 3D眼鏡「GeForce 3D Vision」を発売 |
2009年9月 | 第一回GPU TECH CONFERENCEを開催
– 次世代CUDA GPUとして、FERMIアーキテクチャを発表 |
2009年11月 | NVIDIAとSiemens Healthcare、映画館並みの没入型3D超音波診断装置デモを実施 (3D Vision眼鏡とQuadro FXを利用) |
2010年1月 | AUDIがナビゲーション・娯楽システムにNVIDIA GPUを採用 |
2010年11月 | TESLA搭載の中国「Tianhe 1A」が世界最速スーパーコンピュータへ |
2013年6月 | スタンフォード大学のAndrew Ng氏、3台のサーバ、16台のGPUで、Google以上の成果を達成 (「コンピュータが猫を認識する能力を身に付ける」とGoogleが発表したのは2012年6月。1000台のサーバ、1.6万個のCPUでコンピュータを構築) |
2014年4月 | GTC2014にて、自動車関連企業がデモを発表
– Tegra K1とディープニューラルネットワークを使った歩行者認識をデンソーがデモ – Tegra K1を使い走行中の車で撮影した車載動画から3D mappinngを作り出すことをAudiがデモ。 |
2015年 | |
1月 | CES2015にて以下を発表。
– DRIVE PX(自動運転) (SoCはTegra X1,ArchitectureはMaxwell) – DRIVE CX (デジタルコクピット) |
3月 | GTC2015でDIGITS (Deep Learning GPU Training System)を発表 |
11月 | 組込みAIボード「Jetson TX1」を発表
SoCはTegra X1、GPU ArchitectureはMaxwell |
2016年 | |
1月 | CES2016で以下を発表
– DRIVE PX2 (SoCはTegraで、GPU ArchitectureはPascal) – DriveWorks (DRIVE PX2の為の開発環境) |
4月 | DGX-1の発売開始
世界発のディープラーニング・スーパーコンピュータ |
10月 | NVIDIA、任天堂Switch向けGPUの共同開発を発表 (ベースはTegra) |
12月 | マサチューセッツ総合病院、DGX-1を用いて子供の発達診断を迅速化
今後も医療データを学習させ、各種医療の高度化を促進 |
2017年 | |
1月 | CES2016で以下を発表
– DRIVE PX2 (SoCはXAVIERで、GPU ArchitectureはVolta) – Auto[Pilot (ディープラーニングを使った走行ソフト) – Co-Pilot (自然言語処理ソフトも使ったドライバーサポート |
3月 | 組込みAIボード「Jetson TX2」を発表 (ロボット・ドローン等のAIエッジ向け)。ブランドはParker、GPU ArchitectureはPascal |
5月 | トヨタが、自動運転にNVIDIAを採用 |